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へたれまこつのブログ

小学校不登校及び高校中退を経験後、高認を取り立教大学を卒業。現在は地方自治体職員になったまこつのブログです。

たやすく人を信じてはいけない3つの理由

雑談

自分が仕事をしているうえで、多くの後悔に値するミスに共通することがあります。それは、直情的に他人を信じてしまった、という理由によるものです。今後同じ過ちを繰り返さないためにも、経験を整理してみます。

1:人は自分に都合の悪い事実を積極的に話したりしない。

mak0tu.hateblo.jp

上の記事でも書きましたが、人間は嘘つきです。あるいは、不都合な事実を隠すことを嘘と定義しないのであれば、人間はある程度正直です

彼らの置かれた立場を注意深く観察し、どのような意図で発言をしているのか徹底的に推察し、そのうえで客観的なエビデンスを集め、さらに反対側の意見も聞かなければいけません。不都合な事実を恣意的に隠すことを恥じない傾向の人間を相手にするとき、最新の注意を払わなければ、なにか不当なことが起こります。

2:人はあなたに誰かを攻撃させるために嘘をつく。

憎い敵を第三者に攻撃させるため、なりふり構わず弱者のフリをする人間というのは、予想以上に世の中に溢れています。なぜならば、無責任な正義感で安全な立場からナタを振うことを恥と感じない人間は意外に多く、効率的な攻撃方法だからです。

また、もし、仮にあなたが理不尽な言いがかりをつけられた場合、自分に道理があることに胡座をかいてはいけません。世の中の人は、あなたが(まったく割に合わないと感じられるほどの)懇切丁寧な説明を、適切な方法で行わない限り、あなたが正しい人間だと理解できません。これは、基本的に世の中には自分の正義感という感情を正しくコントロールできない大人が溢れているためです。もちろん正義感そのものが悪いのではなく、勇気と理性を正しく拮抗させ、適切なものとして取り扱わなければいけないということです。

ちなみに、監督官庁の立場だとこれを目的とした告発は絶えません。だいたい、本人が思っている以上に、すぐ見抜かれますが。仕事が暇ならば人生修行として受け入れますが、意外にそうでもないので、やめてもらえると助かります。

3:分かってて嘘つきをもてはやす連中がいる。

ごく一部の人は、そもそも発言者の正当性などそもそも興味がなく、飯のタネのために面白おかしく騒ぎ立て、自らの職業的手柄にしようとする場合があります。「私はわるものをやっつけて、社会に利益を与えます」という構図は、細心の注意を払うのに値します。

まとめ

もちろん、世の中にはたくさん信用に値する人がいますので、この記事をたやすく信じる方はあまりいないのではないかと思います。

自分が高校中退したけどかえってプラスになったと思う3つのこと

高校中退

こんばんは。

 

高校中退っていうと、やっぱりマイナスのイメージが付きまとってしまいます。そういう情報は結構簡単に手にすることができて、もしなんとな〜く学校を辞めたいと思ってる方がいたら、ちょっと考え直すきっかけになるかもしれない。

でも、世の中にはどうしても辞めざるを得ない方や、もうやめちゃったとうい方もいらっしゃると思うので、少しはポジティブな情報に出会える機会があってもいいのかなとも思います。

 

なので、いくつか自分が「中退したおかげだ」と考えていることをあげてみます。

 

 

 

1:進捗管理が得意

高校中退したおかけで勉強のペースを自分で管理しなければならず、それは当時にはある程度非効率的でした。でも、今になって仕事をしていると、目標に向かってペース配分を管理してきたその経験が活きていると感じます。

 

 

2:逆境を超えたヤツだと思われる

よくわからないけれど、こういう扱いをされることがあります。特に悪い評価ではないので、甘んじて受け入れていきましょう。

 

 

3:自分を信じることができる

高校を辞めときは、自分が無力で最低の人間のように感じてしまいました。でも、おかけでハードルが低くなり、努力すれば成功体験を積み重ねることができます。成功体験をすればチャレンジがしたくなり、数を打てばまた成功体験が得られます。だんだん、自分が信じるに足る存在だということに気がつきます。

 

 

 

正直に言うと、中退からの10年は苦しいことも盛りだくさんでしたが、ようやく自分と「理想の自分」が近づいてきたなと感じていて、結構充実した日々を送っています。

中退したばかりのころは、今の自分の存在を信じられなかっただろうなと思います。

 

ピンチは常にチャンスだと信じています。

カエサルに学ぶポジショントーク

 

内乱記 (講談社学術文庫)

内乱記 (講談社学術文庫)

 
ガリア戦記 (講談社学術文庫)

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

 

ユリウス・カエサル

ローマ共和国といえば、古代ギリシャが衰退した後に興隆した共和制の大国です。「元老院」や「護民官」などといった、政治的パワーの分散化を図るための多様な制度を駆使し、国力を高めて周辺国を征服し拡大を続けます。しかし、カエサルの時代のころには、それらが制度疲労を起こしており、国力こそ拡大しつつも国内の争乱が絶えませんでした。そんな中、カエサルは最もたる政治力の根源である「民衆」に対して、いかに自分が「正しく」「寛容」で「気前がいい」かというメッセージを送り続け、自身の権力を強化しライバルとの戦いを遂行していくのです。

やがて全てのライバルを打ち倒したカエサルは、終身独裁官としてローマの頂点に君臨します。カエサル自身は間も無く暗殺されますが、彼の意思を継いだ後継者オクタウィアヌスによって、実質的にローマの共和制は、長い争乱の終結と共に幕を閉じることになりました。

さて、カエサルの「メッセージ」がどんなものだったのか。それは、彼自身の著作から垣間見ることができます。これらの著作は、歴史的な出来事を記し、当時の人々の暮らしや思想を明らかにする一方で、民衆の支持により超大国の頂上まで勝ち抜けた一人の人間のポジショントーク作法論であるようにも思えます。

あなたの正義感を刺激する「かわいそうな人」は、本当に「かわいそう」なんですか?

徴税物語

私は前年度まで税金の徴収に携わっていました(もしあなたが明日から徴税吏になるとしたら、どうしますか?)。

税金滞納者の方の話を聞いていると、本当にそれぞれ様々な事情をご主張されます。自分自身の給与明細から引かれる税金や保険料ですら、こんなに心を締め付けられるものなのに、ましてやそのような事情があっては納税もままならないだろう。そう考えてしまうようなエピソードには枚挙に暇がありません。

そしてとても残念ですが、そのエピソードに嘘まやかしが含められているといこうとは、実にありふれたものなのです。いったい何度信じてしまって、悔しい思いをさせられたか、もはや分かりません。そして徴税をしていて最も辛いことの一つは、とても嫌な気分になる仕事を公共のためにと自分を奮い立たせてやっていても、滞納者側の主張をあまりに安直に信じる人々の攻撃の的にされてしまうことでもあったりします。

当然ながら税金滞納者全員が嘘をつくということはありえません。どんなに苦しくても自身の誠実さを追い求める方というのは、確かにいらっしゃいます。そういった方に出会えると、一種の感銘を受けるもの。だけど、例外を除いては誰が嘘つきで誰が正直ものなのかは、結果論でしか分かりません。それどころか、下手をすると永久に分からない。滞納者と徴税側を隔てる情報の非対称性は、調査や資料の提供によって簡単に埋まるようなものではないからです。

もちろん前述のとおり誠意のある滞納者の方も多くいらっしゃるのですが、徴税という仕事はそういった「良い面」だけに向き合ってやっていけるものではありません。金という命の次に大事なもの公権力で強制的に奪う仕事なのだから、そこには生々しい人間の悪意、欲望、嘘、その他の禍々しい感情と戦わなければいけません

以下に実際に受け持った事案から、差し付けない範囲で事例をあげてみます。

一見慎ましげなおばあさん、実は悪質滞納者だった

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交渉力の”強さ”とは何か?

実務の知識

「逆らうことのできない相手がいる」

こういった相手に苦慮させられることは、誰にでもあるのではないかと思います。上司、教員、取引先の相手方、地域の有力者、権威的な同僚など・・・なぜ、彼らの言いなりにならざるを得ないのでしょうか。

それは、彼らの交渉力が自分よりも勝っているからです。そのために相手の要求に、したくもない譲歩を強いられてしまいます。

では、交渉力とはなんでしょうか?

例えば、口先八丁で契約を取ってくる交渉上手な営業マンがいます。私は学生時代に新聞勧誘のアルバイトをしていて、自分は適正があまりなかったと思うのだけれど、同僚には本当に口先だけで契約を取ってくるような猛者がたくさんいました。

しかし、新聞業界の、特に小売りは規模の縮小に歯止めが効きません。これだけ猛者がいるのになぜ?それは、個人の口の上手さというのは、基本的にミクロレベルでしか効果を発揮しないからだと思っています。より大きなマクロレベルでの流れで生じる交渉力のバランスの変化には、中・長期的に抗えません。

ここでのマクロレベルの流れとはなんでしょう。一つは媒体の電子化であり、紙媒体のメディアに代替物が出現したことにあります。もう一つは、ブログなどを含めてメディア自体が多様化し代替物が現れたことがあります(もっとも、個人的には既存マスメディアレベルの権威を代替する何かが出現するのにはまだまだ時間がかかると思っていますが)。こうして消費者が代替物を選択できるようになり、口の上手い営業マンを揃えたところでパイを拡大することが困難になりました。

さて、キーワードは「代替性の有無」です。当然ですが、代わりのあるものというのは交渉力が弱く、代わりのないものは交渉力が強い。単純ですが見逃しがちではないでしょうか。

部下が上司に逆らえないのは、部下が上司を選べない一方、上司には人事権があり部下を(例え限定的にも)選択することができるからです。

このように不利な状況に置かれてしまっている部下は、悲観するしかないのでしょうか?そうではありません。問題の構造がはっきりすれば、そのパワーバランスをゆるがす一手を打ちましょう。つまり、何らかの代替不可能なニッチな技術を獲得し、上司の選択権を無効化すればいいのです。

目前に交渉力の強い相手が現れたら、その源泉となっている(現状で)代替不可能な何かをはっきりさせ、それに代替しうる何かを作り上げる手段を探しましょう。相手に有利なフィールドで戦う必要は一切なく、まずは自分に有利なフィールドを構築することが何よりも大事だと思っています。

逆境に間違いなく存在するメリット

雑談

こんばんは。

結局、今年度になってブログの更新をサボってしまっています。伝えたいことはたくさんあるんだけど、それを文章にまとめたいっていうエネルギーがあまり出てきません。

なぜか?

それは多分、今が充実していて不満がないからだと思います。仕事はやりがいもあって楽しく、加えて実はそれなりにリア充だったり。こうも不満があまりないと、何かしなきゃ!っていう力が枯渇しがちになってしまいます。

高校を中退した後はなんだかよくわからない勢いがあって、それがドロドロとした感情によって供給されたエネルギーだったことは否定できません。そして、これがなかったら今の自分はありませんでした。

前の職場(徴税)にいたとき、自分なりに全力でやっていたけど、その分跳ね返ってくるものが辛くて、その一部がブログを書こうという原動力になっていたんだろうなと。それに結果的に得られたストレス耐性によって、より今の仕事が楽しく思えているという一面もあるかもしれません。

逆境に置かれているとしたら、沸き上がってくる不安、焦燥感、不満、そういうものマイナスのエネルギーに苦しめられるかもしれません。でも、そいつらを上手くプラスの方向に昇華させてステップアップを望めるチャンスでもあるはずです。

ピンチとチャンスは表裏一体。

 

充実した状況に置かれているなら、将来の危機に備えよう。